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編集ノート

トレーが、風呂敷の知恵を取り戻した

2026年10月27日Ren Arakawa

中野・高円寺あたりのスーパーで売られているいちごのトレーが、最近はシールではなく折り目で閉じるようになった。蓋の角を、風呂敷——何世紀も前からこの国でほとんど何でも包んで運ぶために使われてきた、あの正方形の布——が、クリップもテープも使わずに結び目を保つときのように、自分の下へ折り込んで留める。レジに並ぶ後ろの人は誰もそれを二度見しない。それこそが、いいデザインの証だ。

Cirkla、Belmark、Ossidの三社は今週、ほぼ同じ発想を工業規模で発表した。蓋もタブも、別の素材も使わずに閉じ直せる紙繊維のトレーで、肉や野菜をプラスチックのラインから、本当にリサイクルに回せるゴミ箱の方へ運び、家に帰ってからも買い物客がもう一枚袋を使わずに閉じ直せることを目指している。発表は「世界初」と名乗っている。東京なら、それはただ「きちんと閉まることを覚えていたトレー」と呼ばれるだろう。

風呂敷が特許を取らなかったのは、結び目が賢いところだとそもそも思っていなかったからだ。布はただ正方形に切られているだけで、だからどんな折り方をしても自分の上で閉じる。工学と呼べるものがあるとすれば、それはあとから誰かが思いつき、特許を取り、プレスリリースで説明するはめになった留め具ではなく、何世紀も前に正方形という形そのものの中に、すでに入っていた。日本でいいパッケージとは、たいてい自分の形にあらがわないものだ。

欧米のパッケージデザインはこれを何度も「発見」し、何度もニュースにする。意地悪で言うつもりはない。閉じ直せる紙繊維のトレーは実際に役立つものだし、サステナビリティの話として、工場の生産ラインを作り直す価値もある。少し惜しいのは、なぜここでは誰もその折り方を発明し直す必要がなかったのかを問う前に、折り方そのものに特許を与えたくなる癖だ。同じ週に、Memobottleが見直した洗いやすい蓋も同じ癖の縮小版だった——ボトルではなく蓋のほうが、ようやく当然受けるべき注目を受けている。

いちごは折って閉じたまま私のバッグに入り、家に着くまで二度と開けなかった。パッケージが受けるべき審査はそれだけでいい。閉まること、頼まれなくても二度目も閉じること、そして列の後ろの誰にも、それが賢いとは気づかれないこと。

荒川蓮は足立区の荒川沿いで育ち、銀座のデザイン事務所で5年間ロゴを引いたのち、字を詰めるより字について書くほうが面白いと気づいた。駅の看板、米袋、レシート——東京を一枚の組版として読む。神田の印刷所の二階でHakkenを編集している。